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Home > フローリストインタビュー > NO.007 マミ山本

ウェディング関連雑誌のブーケの写真で 山本さんのアレンジメントを目にしている方も多いはず。 20代の頃の花修業で、どんな厳しい環境も楽しんでしまうほど花が大好き。 「質感」に注目した独自のアレンジメントスタイルのお話は、必見です!

Photos : Takumi Sato
  ― アフタヌーン・ティー ―

花をやりたいと思ったのは、二十歳のころ。 アフタヌーン・ティーという薔薇を初めて見た時、 一目惚れをしてしまったんです。 花っていうものに興味が出たのも その薔薇を見たことがきっかけです。 茶系の薔薇で紅茶色の花びらもひらひらとして本当に可憐で感動しました。 それからアフタヌーン・ティーを見たお花屋さんに通い始めたんです。 近所にあったお花屋さんで、それを見に通っている時、 お店の人のいろいろな話を聞いてるうちに、 お花の仕事をしたいと思いはじめました。
  それでそのお花屋さんの先生のレッスンに、お花を習いに行きました。 当時、フラワーアレンジメントブームで お花屋さんという職業がとても人気だったんです。 なので花屋になりたくても空きがない状況で... 当然その先生のお店も人気があったので定員いっぱいで、 「あなたを雇ってあげられる余裕はないです」っていう感じで・・・ 「勝手に来るんだったらいいよ」って言われて・・・ それでもうれしかったんです。 掃除をしたり、配達に行ったり勝手にやったんですよね。 無償だけど技術が盗める環境・・・師匠を見つけたんですよ(笑)

― 24時間 花と過ごす生活 ―

全くお金をもらってなかったんです。 花束作っても、技術を盗めるだけでそれだけでよかった。 若かったからできたんですけど。 でも、お金がないと困るので、夜中にお花の市場で働きました。 夜中の12時から朝の8時まで花市場で働いて、 その後先生の所に行って夜の10時、11時くらいまでやって また花の市場に行ってっていう生活を 繰り返しているうちに3年くらい経ちました。 花とずっと過ごせる生活がすごく楽しかったんですよねぇ〜 辛くなくて、ぜんぜん。もう、ただただ楽しかったんです。 若さのパワーだけで生きてた感じ。
  そして自分でどこまでできるのかやってみようと決意しお花の営業に出たんです。 そうしたら徐々に仕事が取れ始めたんです。 でもたったひとりでそのときはまだ23歳で...ただただ不安で... なんとなく先生に 「私このまま一人で突っ走って大丈夫なのかなんだか不安なんです」 って相談したときに 「あなただったら、絶対にできる!がんばって」って言われて、 その一言が、あったからがんばれました。 そこからはもうほんとに一人でがむしゃらにやりました。 だから私、パリやイギリスへ留学もしていないし、 今までの生活の中で得た知識とか、 自分の独学でやってきただけなので、ほんとに、知らないんです。 ほかの花屋さんのこととか(笑)
花と、自分の夢と、姉のブーケを作ったときの感動が忘れられなくって・・・ 実は「これが一番やりたかった仕事なんだな」って思ったのが、 姉のブーケを作った時に味わった感動です。 女性にとってこんなに大切なシーンに携われる仕事って他には無いと思ったんです。 市場にいると花の名前や種類とか、あらゆるものが 全部自分の中に、吸収できました。 お花の名前も、そのときに覚えたものがたくさんあります。 あと、市場で見た花たちがどんな形で花束になってるんだろう、とか アレンジメントになってるのはいくらで売られてるんだろうという事を 勉強するのがほんとに楽しかったんです。
 

― この上ない喜び ―

とにかく仕事が欲しかったので、 どんな仕事でも選ばなかったです。 なんでもやって、お金なくてもいいっていう状態でもやったりして、 ただ実績が欲しかったんですよね。 実績が欲しいがために、とにかく置いてほしいということで 活けこみをタダで勝手に持ってって置いて帰ったりとか(笑) 先生の所で独学はしたけれども資格を取ったわけでもないし、 お花の資格っていうものに全く興味がなかったんです。 若かったんで、自分の作品に対する変な自信だけはあって、 「私が一番だ」ぐらいな気持ちで(笑)
  有名ホテルとか「そんなとこに営業に行っちゃったの?」っていうところを 片っ端から行ったんです。 で、とにかく断られるじゃないですか、だからもう 「あの・・・タダでいいです」っていうことで(笑) 勝手に行って飾らせてもらっているうちに、 いいねって認めてもらって・・・ 自分のデザインや作品を認めてもらったっていうことで、 この上ない喜びでした。 やっぱり私、一番かもしれない、とか(笑) まぁ、お金は儲からないんですけど・・・ そのころはほんとにもう、若かったし、 そんなことでよかったんですね。 とにかく花が好きで、実績積めて、認めてもらえるっていうことが 大事だと思ってがんばっていました。

  ― この人と会わなきゃいけない! ―

ある日雑誌をめくっていたらすごい人を見つけたんです。 ヘアメイク・お花・ドレス・引き出物など 全部のトータルコーディネイトができてデザインに徹しているスタイル。 それは、今までと違う新しいスタイルで衝撃でした。 「あぁ、これは学びたい」「私はこの人と会わなきゃいけない!」と思って もう、すぐに雑誌持って会いに行って 「なんか仕事ください」って言ったんですよ(笑)。 その人も突然飛び込みで来た私に すごく興味を持ったみたいで 「この子はどういう子なの?」って。 勝手に来て、勝手に仕事ちょうだいって言って、勝手に帰ってくみたいな。

― 知りたいことは自分で盗む ―

それからその方からの仕事っていうのが、 いまの私を作ったって思えるぐらい かなりいろんなことを経験させてもらったんです。 ブーケの数も並じゃないんですよね、来る件数が。 私一人でやってたんで、大変でした。 ブーケを納品に行ったら「そんなブーケ渡せないから作り直して」 っていうことで、また戻って作り直してまた持ってって、 ダメ出しですよ(笑) すごいんですよ、それが。すさまじいんです。 撮影の時にも私を同行させるんですけど その場で花を組んで作らせたり、 結構思いつきで「こういうの作って」「ああいうの作って」って 「早く作って」みたいな感じで。
  で、そうこうしてるうちに、私の結婚が決まって、 一度あっさり仕事を辞めました。 とにかく実績や経験をつみたくて、がんばってきた6年間に疲れました。 そして自分はやり尽くしたって思っちゃったんです。(笑) 一生は、もうこれで終わってもいい、ぐらいな達成感があったんです。 濃かったですよぉ。 で、もういいって思えたんで、結婚・・・ そういうタイミングだったんだと思うんですけど、 もう私は全部やり尽くしたから、専業主婦になってがんばろうって思って、 で、結婚して、主人のいる東京へ来ました。

用意してあるお花で、その場で私は組んで、モデルさんに付けて、 「気に入らないから作り直して」「また作って」みたいな。 とっても厳しい環境でした。 誰も教えてくれる人がいなかったんです。 師匠は教えてはくれますけど、 知りたいことは自分で盗んで学びなさいっていう教えだったんです。 手取り足取り教えてもらった経験が全くないんで、 とにかく、必死でやってましたね。 でもすごく勉強になることがたくさんあったので、 すごく辛かったんですけども、それをやりながら得るものを自分のものにして がんばろうって気持ちで3年間続けたんですね。  

― 発注書がガンガン流れる ―

気づいたら営業に回ってたんです・・・花の営業に(笑) 忘れられないというか。 好きだったんですよねぇ。 時間があるときに自分で作品を作って写真を撮ってアルバムにしてたら、 営業に行きたくなっちゃって(笑) 名古屋では、仕事としてできたけれども、 東京では私なんか通用しないだろうっていう思いがあったんです。 東京で、私はどれぐらいやれるのかなぁと思って、 だったら、作品を見てもらって、 どこまでできるかちょっと試してみようかなぁって思ってたんですよ。
  っていうか、見せたかったんですよね。 「私こんなことができる」って(笑) 取れちゃったんです。それで 家に仕事の発注書がガンガン流れてきて主人もびっくりして..... 別に取りに行ってるつもりではなかったんですけれども、 熱く語っちゃうんですよね、私も、花のことになると。 じゃあ山本さんにお願いしよう、 って思ってくださる方がいっぱいできて。 主人も、「じゃあそれだったらもうやるしかないよ」 ってことで、アトリエを六本木に借りて、スタートしました。

― 「質感」に注目 ―

  自分なりに「どうしたら間違いのないコーディネートができるんだろう」 「どうしたらいいアドバイスをお客さんにしてあげられるだろう」って 考えたときに、「質感」に注目しました。 光沢のあるものだったり、レースのような素材だったり、 ふわふわしたものだったり・・・ 質感ていうもので見てみると、すごく違いがわかるんです。 ウェディングの場合、ドレスの質感とブーケの質感っていうのが合ってないと、 ちぐはぐになっちゃうんです。

例えば、総レースのドレスの場合、ツルツルしたものをもっていくよりは レースの質感と合うものでコーディネートするとすごく自然です。 そういったことは、ウェディングの仕事を通して学びました。 質感を見てみると、どんなアレンジメントでも 簡単にコーディネートできるんですよ。 縦にフリルが入っているドレスだったら縦にフリルが入っている花とか・・・。 質感を合わせるとドレスにとけ込んで、 「すごくいいデザインだね」「いい組み合わせだね」って 言われるようになりました。面白いですね(笑) スクールでも、まず質感を見極めることからお話しています。 そんなに種類はないんですよね、質感て・・・ だから、質感を自分なりに、こういう感じっていうものを学んでおけば、 インテリアや花器などにどんなものを合わせるかというのも 簡単にコーディネートできることを説明しています。   ― 様々な分野へ進出 ―

日本ではフラワーデザイナーの地位が低いと思います。 それで花以外のジャンルに進出した方が、 フラワーデザイナーっていうことに対する認識が、 高まってもっといい仕事ができるんじゃないかと考えています。 いろいろな分野への進出を図っていきたいですね。 ブーケをやっていく上では、「ドレスも自分でデザインしたい」っていう 気持ちがあるんです。 いま、イタリアから輸入してるんですけど、 いずれは、私のデザインしたドレスを 売り出したいっていうのが夢です。 それも、お花のようなドレスとか 「もぉ〜花そのもの。ブーケいらないよね」ぐらいな。 実際にそうなっちゃうとブーケ売れないから困るんですけど(笑)。 「お花のようなドレスだね。山本さん所のドレスって」 って言われるような、そういう仕事がしてみたいです。

全然難しくないですよ。 花びらの重なり具合をじぃーーってよく観察して 構造についてもすごい深いところまで考えます。 そこで意味合いみたいなものが見つかれば、 いろいろなインスピレーションが出てくるんです。 自分なりに構造や質感を分析していますけど 正しいかどうかっていうのは分からないです。 だけど、自分の考えたイメージに合わせて、 形にすると、結構新しいデザインになったりします。  


マミ 山本 Mami Yamamoto
アネラ主宰 1995年、名古屋にてウエディングを メインとしたフローリストとして独立。 こだわる人の多い名古屋で個性的な ブーケや、「よし川」、「マキシムドパリ」 などの会場装花を手がける。 CM、雑誌の撮影にも協力。 1998年からアトリエを六本木に移す。 2002年より 「けっこんぴあ関東版、東海版、関西版」 の表紙およびグラビアなどを担当。 他にも「花時間」、「ノンノモアウエディング」 などに、ブーケはもちろん、小物や おしゃれなウエルカムボードなどを提供。 スタイリッシュな中にもかわいらしさが光る デザインが評判になる。
  ― メッセージ ―

一番は花が好きとか、花を知りたいと思う気持ち。 それがないとすごく辛い仕事・・体力的にもたないので。 あと、色の勉強するといいと思います。 花の色合いって時間とともに何回も変化する色なんです。 色の勉強をやっておくとコーディネートにすごく役に立つと思います。

■好きないろいろ■

好きな色 : 白
好きな食べ物 : お寿司
好きな本 : 100万回生きたねこ
好きな場所 : 公園
好きな言葉 : ありがとう

  アトリエでは、2匹の犬の親子(クロとタビー)が お出迎えしてくれます。 カメラを向けるとポーズをとってくれるほど お利巧さんです。 人気者のクロとタビーにも会える 山本さんのアトリエにみなさんも 遊びに行ってみてください。



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